木牛流馬が動かない

テクノロジーや気付きによる日常生活のアップデートに焦点をあて、個人と世界が変わる瞬間に何が起きるのかを見極めるブログ。テーマは人類史、芸術文化、便利ツール、育児記録、書評など。

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書評『本好きの下剋上』

ビブリオマニア全開でいきます。

本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~

香月美夜

★★★★☆

あらすじ

幼い頃から本が大好きな、ある女子大生が事故に巻き込まれ、見知らぬ世界で生まれかわた。貧しい兵士の家に、病気がちな5歳の女の子、マインとして……。おまけに、その世界では人々の識字率も低く、書物はほとんど存在していない。いくら読みたくても高価で手に入らない。マインは決意する。ないなら、作ってしまえばいいじゃない!目指すは図書館司書。本に囲まれて生きるため、本を作ることから始めよう。

作品紹介より

初めての「なろう系」1です。

ビブリアものの系譜 (偏見含む)

あらすじのとおり、本書は本を題材にした本です。ライトノベル系で増えている印象。 なんというジャンル名なのか知りませんが、個人的には「ビブリアもの」と呼んでいます。

このジャンルは昔からさまざまあり、私自身も好きなジャンルの1つです。特に まずはオススメを紹介しつつ、『本好きの下剋上』までの変遷を辿ってみます。 あくまで私にとっての、ですが。

R.O.D

この分野で最初に触れるべきは、やはり倉田英之R.O.D.』でしょう。

正式タイトルは、『R.O.D READ OR DIE YOMIKO READMAN "THE PAPER"』。 「READ OR DIE」。シェイクスピアを引用して「読むか、死ぬか」です。シビレル!(本好きにとって)

R.O.D』は、本が好きすぎて、紙を魔法のように操る特殊能力が使えるようになった主人公読子・リードマンが、イギリスの大英博物館特殊工作員ザ・ペーパーとして裏社会で大活躍するライトノベルです。

本好きの下剋上』は、主人公のキャラ設定(本好きな性格)が、かなり細かいところまで『R.O.D』を意識していますね。 読子・リードマンは、表社会では非常勤講師として働いており、また、本棚ならぬ「本ビル」を所有する筋金入りのビブリオマニア。本と紙に対する偏執は、同ジャンルのキャラクターの中でも当代一ではないでしょうか。

現在原作が第12巻まで出ていますが、著者はどうやら大変筆が遅いご様子(第11巻から第12巻の空白期間、なんと10年)。私はほぼ全てリアルタイムで追っていますが、いくらでも待ちますから(なるべく)早く続刊を!2

ビブリア古書堂の事件手帖

次は、ビブリア・ミステリーとして一時期かなり流行した『ビブリア古書堂の事件手帖』。

謎をとくためには古今東西あらゆる知識に詳しくないといけない、ということで、本に詳しい主人公が本から得た知識を駆使して、謎解きをしていきます。

読みやすくてオススメ。最新刊だけまだ読んでないけど。

これも色々な本が登場しますが、著者は江戸川乱歩推しのようで、学生の頃に乱歩を読破した身としては(もちろん普通に手に入る本だけ)、若干懐かしい思いもありつつ。

『夜は短し、歩けよ乙女』

森見登美彦夜は短し歩けよ乙女』も、ビブリオ・ファンタジーと呼んで差し支えないかと思います。

古本市での数珠繋ぎのように文芸作品を紹介するエピソードはもちろんですが、著者の作品はこれ以外にも節々に文芸関連の小ネタを挟んでいて、分かる人だけ分かるという遊び心。

そういえばアニメ映画化されたのに観てないや。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

番外編

桜庭一樹『青年のための読書クラブ』 も古典の引用が多くてとても好きでしたね。

山本弘『BISビブリオバトル部』は、好きな本をプレゼンし合う戦いを描きます。

三浦しをん『船を編む』は、辞書づくりのお話。ゆっくり時間が流れる、とても好きな感じでした。

ドラマ化した『校閲ガール』『重版出来』は、思った以上に作中作の内容に突っ込んでいて面白かったのですが、主人公が特に「本好き」ではないので除外。

余談ですが、私自身、誤字脱字誤用を見つけるのが得意なこともあり、最近の出版物やウェブの文章に誤りを見つけることが(昔よりも)多く辟易しているのですが、そんなときに文章(言葉の選び方)がキレイだったり基礎的なところからしっかり書いている作品に出会うと、それだけで好感度上がります。 どうでもいいですが、私たぶん校閲の仕事好きです。やったことないけど。

書評『本好きの下剋上

と、こんな感じで流れ流されているうちに(書き足りないけど)、『本好きの下剋上』にたどり着いたわけです。 本書は、本が好きすぎるのに本がない世界に転生した主人公が、本をつくる話。

本を書く、ではなく、本を作る。

どこからかというと、この世界には本どころか紙も無いから、まずは紙作りから。 もうね、「TOKIOかよ。。」の感想しか出てきませんわ。

本書の世界観とテクノロジーの進化

もちろんストーリーに関わる重要な部分をネタバレするつもりはないのですが、ある時代におけるテクノロジーというのはその世界観の制約であり、しかも平民レベルの生活を描くならば生活そのものといっても過言ではない情報になります。 何が言いたいかというと、どうしてもネタバレしてしまう部分が発生してしまいますので、未読の方はご注意を。

でも、まだ1巻しか読んでいないので、大丈夫ですよね!?
すぐ、2巻まで読了しました。
もう3巻まで読み終わりましたけど何か?

本書の世界観(第1巻終了時点)は、我々の知る歴史でいえば「中世」と呼ぶのが最も近いかと思います。

Civ4テクノロジーツリー Civ4テクノロジーツリー

Civ4のテクノロジーツリーでいえば、はあるけど活版印刷はない。ギルドはあるけど銀行経済学はない。職業軍人はいるけど火薬はない。法律はあるけどナショナリズムはない。ルネッサンス一歩手前くらいですね。

主人公が欲している本は、あるにはありますが、印刷技術がないので複製するには手で書き写す必要があります。だからとても高価。

は、重要な契約書や貴族の手紙などで羊皮紙が使われていますが、値段がお高くて、一枚で平民一ヶ月分の給料相当の価格。普通は木簡を使っています。

文字はあるけど、識字率は低く「村長が自分の名前を書ける」レベル。主人公が転生先の)自分の家を探した限りでは、家の中に文字がない。父親は苦手ながら読めるには読める。

この状況で主人公はまず紙をつくることにします。 さて、あなたが現代の知識をもって中世に転生したとして、まず思い浮かべる方法はなんでしょうか。

ここで本書の目次を眺めてみましょう。

目次 (第1巻) (一部)

どころか、なんとパピルスからのスタート。というか、それに失敗してからの石版粘土板って。本当にTOKIOのメンバーなんですかね。

紙作りの涙ぐましい努力は本書を読んでもらうとして、本にたどり着くのはまだまだ先は長そうですね。サブタイトルの「司書になる」なんていつになることやら。

生活に関する名前のないテクノロジー

紙だけでなく、暖房、照明、洗剤、服、食器。 主人公が転生した先は、生活に必要なあらゆるものが中世のテクノロジーレベルです。

現代では必要不可欠なインフラあるいは最低限の必需品となっているこれらのものが、もし存在しなかったらどうなるか。 人々の生活が、新しい知識やテクノロジーでどのように変わるのか。 本書の価値は、これを具体的に示したことが非常に大きい。

便利な生活に慣れてしまった現代人の読者に、あえてテクノロジーの未発達な世界をリアルに見せることで、自分たちの生活がどんなものの上に成り立っているかを示すことに成功しています。

例えば、ご近所さんが集まる豚解体の日というイベントシーンが描かれます。 自分が口にする食べ物がどこで生まれたもので、どんな人々の手を経て、最終的に目の前の皿に乗るのか。現代の農村部でも当然のように機械化・効率化されているし、都市部では豚1頭まるごとの姿を見ることはまずない。 そんな現代で育った(血が苦手な)主人公は、村人が集まって豚を屠殺解体するシーンを見て、ショックで気絶してしまいます。

食糧と流通に関連するテクノロジーの発達は、食糧の安定供給ももちろんですが、一番の恩恵はひょっとしたら血を見なくても食物を得られるようになったことにあるのかもしれません。

ビジネスの世界へ

主人公は、現代の知識をもって様々なノウハウや新しいものを作り出していきます。 最初は家の中やご近所さんだけに教えていますが、だんだんとそれが周囲に気付かれ、なにかわからないけどスゴイもの、として目立ち始めます。

その世界の「商人」がこれを見過ごすはずはありません。

主人公は、作った商品を売買し始め、次第にその「作り方」を売るようになります。 情報を小出しにし(主人公は無自覚にホイホイ喋ってしまいますが)、売る権利、作る権利、独占する権利を確保して、なるべく有利な条件で取引を行う。本書ではそれは「商人」の仕事ですが、現代でも人類は同じ仕事をしています。扱う商品やテクノロジーは違えども、異世界であっても、ここは変わらないということですかね。

新しい知恵や技術を普及させるには、まずは現物を用意しすぐ使える状態」にして見せること。 その価値と可能性を示すことができれば、お金を払ってでもほしい人は現れます。

主人公は、最初こそ「現物」を用意するために「職人」寄りの話が続きますが、それは本題ではなく、あくまで「本がほしい」という目的をどう達成するかが焦点。そのため、話のテーマは次第に「商人」寄りに変わっていきます。TOKIOからの脱却。

チート知識と市場

本作は、我々が知る中世頃の時代の異世界に、現代の知識とテクノロジーを持ち込み、その社会と市場をひっくり返してしまおうというもの。たとえば『ドリフターズ』なんかも同じジャンルと私はみなしていますが、つまり、自分がいた時代の知識をもったまま異世界または過去に転生して(チートで)大活躍する系、です。 最も本書はチートする側、『ドリフターズ』はチートされる側(というかチート合戦)、という違いはありますが。

私は現実世界のテクノロジーに人並み程度には興味を持っていますが、偏った狭い知識を振り返っても、いわゆるイノベーションと呼ばれる技術でさえ、それまでのその分野の背景となる知識と積み重ねた試行錯誤の上にしか存在しないものであることは知っているつもりです。 背景を知らない人には魔法に見えるかも知れませんが、知る人にとっては「繋がっている」話なのです。

なので、「外」から来た脈絡のないテクノロジーに(もともとそこにいた人からすれば)場を荒らされる、本作のような作品を読んでも、どうしてもフィクションにしか思えない、というのはあります。 まぁ、もちろんフィクションなのですが、魔術や不思議な動植物はその世界ではそれなりに筋が通った存在でしょうが、そんなものよりもテクノロジーをすっ飛ばすほうがずっとファンタジーではないかと思います。

そういう意味では、本作で最も「現実的」なのは、主人公マインのもつ知識をどうにか独占的に商品化しようとする商人たちの火花飛び散る商談です。対象の品物や情報がどのようなものであれ、お金(適正な対価)を払ってでも欲しいという人の気持ち、そしてそこに価値を見出して商売をすること。 これが、人間の経済活動の最も普遍的で根幹であることを再認識させてくれます(私は普段、営業の仕事をしないので余計に)。

今後の展開

今後の勝手な予想ですが(すでに10巻以上出版されているので私が読んでいないだけですが)、「本好き」の設定をどう活かすか、が一番の期待ポイントですね。

この設定は、本を作る動機には十分ですが、主人公が博識なことの裏付けには若干ムリヤリ感もあります(が別に気になるほどではない)。それより、どれだけ「本が好きでなければできないこと、考えつかないこと」をストーリーに活かせるか、が今後の期待になります。 本好きってのは、単にインクの匂いでハァハァしてればいい、ってもんじゃないです。

第2巻で紙(の試作品)は作れたので、今後は紙の量産を軌道に乗せ、その後に本づくりに向かうはず。 とはいえ、登場人物も増えてきてそれ以外のイベントも起こるので、邪魔されてなかなか進まないんでしょうけど。

また、チート知識をもつ主人公ですが、異世界に降り立つ「器」が病弱虚弱な5歳の幼女というのは、おもしろい制約条件だと思います。 これから世界のことをいろいろ知っていく年代ということで、読者を異世界に誘うには、うまい。 もともと家に引きこもりがちな肉体なので、体力や体調の問題で普通に生活できないことが、チートしすぎない足かせになり、また知識労働の意味を際立たせます。

小説として全体的な感想

本書の世界観は広そうな世界なのは分かりますが、なかなか全貌が見えない描き方をしていて、先を読みたくなる仕掛けとして作用しています。この感覚は『精霊の守り人』に近いかも。世界観がちゃんとしていると、ずっと読んでいたくなりますね。

なにより、著者はだいぶ本を読んでいる人のようで、そういう人の文章ってとても明解で読みやすいんですよね。誤字脱字がないのは当然として、1文1文ごとにキャラクターの行動や思考と、周囲の描写がさりげなく混ぜられる。こういうの結構好きです。

ただ、セリフやモノローグがマンガ的というかやっぱりラノベだな、とは思います。しかし、ラノベ的にしか書けない作家も少なからずいる中、明らかに美しい文章が書ける著者なので、このへんは狙ってやっているのでしょう。 (もちろん私は、上で書いたとおり、ラノベも好きですよ)

また、どうやら魔法が使える世界のようなので、チートによって過激なほどにテクノロジーのギャップ描いた後に、テクノロジーと魔法とどう折り合いをつけていくか、ここが見ものです。単に発明まで時間がかかりすぎるテクノロジーの代替じゃないことを期待。

次に気になるのは、やはりタイトルですね。 「本好き」部分は十分に提示されているのですが、「下剋上」部分がまだ。 新しいテクノロジーをいくつか見せただけでは、その世界には十分影響を与えていますが、「下剋上」とまでは言えません。 「下」は主人公として、「上」が誰を指すのか。 なんだかどんどん本から離れていきそうですが、それはそれで面白そう。

まとめ

読み終わったとき、良いニュースと悪いニュースに遭遇しました。

良いニュースは、自分が読んでいたのが第1巻で、続編が10冊以上出版されていること。読み始めの時は気付いてなかったので、こりゃあ月1冊ペースで読んでいっても、今年いっぱい楽しめるんじゃないか?とワクワクです。 まぁそんな遅いペースでは読みませんけどね。

悪いニュースは、Kindle Unlimited対象は第1巻だけで、続編すべて対象外であること。しかも(ラノベにしては)単価が高い。いえ、内容的には十分支払う価値がある金額と思います。これも単に冊数が多いことが気になるだけ。

別に長いことも金額も問題ではないのです。私は『三国志』『グイン・サーガ』(故・栗本薫氏の著作まで)も『サピエンス全史』も全巻読みましたし。

そうではなく、第1巻のこのレベル(以上)の面白さが続編でも維持されるなら、読むことに集中しすぎて、他の作業がまったく手につかなくなってしまうのです。 実際、第1巻を読み終わってこれ書いている最中に、気付けば第3巻まで読み終わっていました。

まぁ、もう我慢することは諦めて、ガンガン読んでいきますわ。

参考

www.tobooks.jp

そういえば本書は、「このライトノベルがすごい!」2018年の第1位だそうです。


  1. 小説家になろうで取り扱われている小説全般を指すジャンル名らしいです。なんだか批判的なニュアンスと共に噂は聞いていたのですが、どうやらテンプレ作品が多いことが原因みたいです。本作も異世界転生モノという意味ではテンプレですね。まぁ好きな人が読めばいいんじゃないでしょうか。

  2. 倉田英之氏と黒田洋介氏が関わったアニメ作品(の原作)は全て、個人的にツボすぎるのでオススメ。