木牛流馬は動かない

テクノロジーや気付きによる日常生活のアップデートに焦点をあて、個人と世界が変わる瞬間に何が起きるのかを見極めるブログ。テーマは人類史、芸術文化、便利ツール、育児記録、書評など。

木牛流馬は動かない

書評『なめらかなお金がめぐる社会。あるいは、なぜあなたは小さな経済圏で生きるべきなのか、ということ。』

新しい経済圏とクラウドファンディングの本を読みました。

はじめに

ささやかな助け合いから生まれる小さな物語が、クラウドファンディングの現場では日々、誕生している。 グローバル経済や商業主義、会社、学校などの既存の大きな仕組みを「大きな経済圏」と呼ぶならば、 個人レベルでつながりを持ち、支え合うコミュニティを僕は「小さな経済圏」と呼びたい。 そして、この「小さな経済圏」こそが、何かと生きづらくなった現代で、新しい生き方の鍵を握っているのだ。 - amazon作品紹介文。

これからの自分の仕事や家族の生活や未来の社会を考えたときに、地域レベルで完結する「小さな経済圏」はキーワードのひとつであると思います。 経済圏というと小難しい感じですが、個人を相手に、地域に根ざした生き方、という感じらしいです。

いますぐどうこうするつもりでもありませんが、ちょっと知っておきたいと思い、読んでみました。

著者について

本書のテーマはクラウドファンディング、つまり資金調達の話です。 個人がやりたいことをやるのに、銀行や企業が融資することは、ほぼ無いらしいです。 本書で挙げられていたのは、レトルトカレーの例。 仮に新しいレトルトカレーをつくりたいと思った人(一般の個人)がいたとき、食品会社に作ってくれといったところで、断られるのが普通です。銀行に融資の相談に行っても同じでしょう。

いわゆる「信用」の問題で、売上や資金回収の見込みが立たないからです。 これは企業や銀行が悪いわけではなく、組織の活動規模として「合わない」ということ。

著者は、クラウドファンディングのプラットフォーム「CAMPFIRE」を設立し、そのような個人の活動支援をしています。

本書は、そんな著者が自らの活動の背景と動機について述べたもので、ある意味で現代社会の一面を映したスナップショットになりうるかと思います。すくなくとも、読む前の期待はそんな感じ。

印象に残ったところ

第1章:「いい社会」ってなんだ?

「この国には何でもある。だが、希望だけがない」 村上龍『希望の国のエクソダス』 で主人公がつぶやくこの言葉が、今の日本をよく表している気がする。もはや物欲を満たすことが個人の生き甲斐ではなくなってきている。 位置278

経済成長した結果、生活するのに必要なものが揃った状態になると、人々はモノへの欲求よりも、より本質的な満足を求めるようになりました。

ご存知、マズローの欲求五段階説です。 マズローだいすき

現代社会は、最上位の「自己実現(Self-Actualization)」段階に突入したと言われていますが(ホントに?)、人類史を長期的な観点で見ると、たいへん素晴らしいことだとよくわかります(異常なほど…)。

つまり、生活のためでなく、やりたいことをやる人が増えることになります。そして現代は、「社会のために貢献したい」という人が(若者中心に)増えているそうです。

幸せとは何かと考えたら「自分のやりたいことができる」ということなんじゃないか、と思う。だとすれば「いい社会」とは「各自が自由に、自分の幸せを追求できる社会」ということになる。 つまり、経済的というよりも、精神的に持続可能な社会だ。 位置354

ある経済学者は「良い社会とは、選択肢がある社会」と言っていましたが、同じ主張ですね。

第2章:21世紀型の生き方と「小さな経済圏」の試み

新しい貨幣は信用

お金はもともと信用に価値を裏付けされたものです。 これからの社会では、お金ではなく、信用がそのまま通貨になる可能性があります。

  21 世紀に入り、資本主義経済の主役であり続けた「お金」にとって代わる新しい貨幣が生まれている。 それは信用力だ。 周囲からの評価や、周囲への影響力などが高いことが価値につながる経済圏を、評価経済と呼ぶ。SNSやスマホが本格的に普及しだした2011年くらいから言われはじめたことで、現在、そのトレンドはますます強くなる一方だ。ファンが多ければプロジェクトが成功しやすいクラウドファンディングも、評価経済の一形態だと言える。   信用という新しい貨幣は、インターネットというプラットフォームを抜きに語れない。 位置604

ちなみに、すでに中国では実現しています。 hiah.minibird.jp

評価経済自体は以前から言われていることですが、著者はそこにインターネットとクラウドファンディングを組み合わせてサービスを構築して、その流れを加速させています。

インターネットによる民主化と小さい経済圏

多くの人のマインドは、「競争から共存」、「全体から個人へ」と、すでにその方向をシフトしはじめている。それを後押ししているのは、前に触れた、行きすぎた資本主義に対する反動と、SNSに象徴されるインターネット空間がもたらしたクラスタ(小さな塊)化だ。 位置389

インターネットの発展により、個人レベルの需要と供給のマッチングができるようになりました。ヤフオクやメリカリを眺めていると、いちいち大店を介するまでもない取引の多さに驚きます。

よく言われることですが、インターネットをはじめとするコンピュータ関連テクノロジーは、プラットフォームの覇権を獲った者が世界を制します。 プラットフォームはマーケティングが重要で、誰にそのプラットフォーム上に乗ってもらいたいか、をしっかり定義する必要があります。

例えば、個人でアパレルブランドの立ち上げ&製造を行うことのできるサービス。

で企画から製造、流通、販売まで一気通貫で行えるようになった。 今までなら「こんな服が欲しい」「こんなアクセサリーがあったらいいな」と思っても、デザインの仕方がわからないとか、実現化する方法が思いつかないので、文字通りの「妄想」で終わっていた。そうした声を集めることができるプラットフォームがSTARTedだ。共感が経済を回していく仕組みと言いかえることもできる。 位置508

インターネットを使ってビジネスをやるからには、このプラットフォームに大きく影響されます。 「大きい経済圏」には大きいプラットフォーム、「小さな経済圏」には小さなプラットフォームが適切であり、少なくとも、それぞれの特徴が違うことは認識する必要があります。 著者は、小さな経済圏を実現するサービスを乗せる土台として、様々なプラットフォームを開発しています。

著者の手がけたサービスの例。

  • CAMPFIRE
  • BASE/PAY.JP
  • paperboy
  • ブクログ
  • 青空学区
  • partyfactory
  • 解放集団Liverty
  • studygift
  • リバ邸
  • GoodMorning
  • Partycompany

なかなかの数です。「連続起業家」を名乗るだけのことはありますね。 これらに共通するのは、どれもプラットフォームである、ということ。何かしたいことがある人を支援したり、困っている人が助け合ったりするための、居場所です。

価値観がみんな同じだった時代は、いるべき場所も自然と決まっていて、それが「会社」だったわけです。 そこから外れる人は、存在しないものとみなされていました。(ごく一部のミュージシャンや芸能人など目立つ人はいましたが、別世界の住人でした)

しかし、価値観が多様化した現代は、「会社」は居場所の1つにすぎず、必ずしもいる必要もない場所になりました。

著者はインターネットを使って、個人が自分の居場所をつくれるようなプラットフォームを提供することで、「小さな経済圏」を数多く生み出し、社会を変えていこうとしています。

第3章:小さな灯をともし続ける

著者はいったんCAMPFIREを離れたあと、復帰して仕組みを改革しまくっているそうです。 まるでAppleに戻ったときのジョブズのように、といったところでしょうか。

著者の活動の根本は、支援する事業をビジネスとして成立させること。 これが無いのなら、お金の流れが(たいして)生まれず、経済活動に寄与しないからです。

私は本書を読む前は、サークル活動の延長のような印象があったので、やりたいことのある個人や「行きすぎた資本主義」社会で生きにくくなっている人々の受け皿といっても、著者の活動はどこかふわふわした地に足がついていない印象を持っていました。

ところが、CAMPFIREの保険のくだりを読み、すこし見方が変わりました。

もしクラウドファンディングのプロジェクトは、出資者に投資額に見合ったリターンを返す必要があります。 プロジェクト成功なら出来上がった商品なりを渡せばよいのですが、もしプロジェクトが頓挫・失敗したとき、CAMPFIREにはリターンのための保険の仕組みがあるそうです。

本来はプロジェクトオーナーが負担するのが筋であるその保険料ですが、現在はCAMPFIREが負担しているそうです。これは驚きました。

著者は、クラウドファンディングの活動を通して社会全体のビジネスをうまく回そうとしているようですが、そのための論拠として一番キモの部分を押さえている。

クラウドファンディングの仕組み自体、興味深いものですが、著者の考える理想のクラウドファンディングが実現すれば、より「なめらか」にお金が回るようになるという主張も、一定の期待をもちたいと思いました。

感想

本書は、現代社会を「下」から切り取ったスナップショット的解説本と見ることもできる。 私も最初はそのつもりで読んでいました(勝手に)。

しかし、著者の活動の本質は、あくまでビジネス。本書も、「小さな経済圏」の話は興味深く面白かったのですが、著者自身の運営するプラットフォームの例を出し、最後には「みなさんもクラウドファンディングしてみよう」で締めています。

もちろんこれに何ら悪いところがあるわけではなく、むしろ全体的にはおもしろい本だったのですが、もうすこしアカデミック寄りな話を期待していたところもあったので、その点はすこしガッカリでした。

いや、著者の経歴見ればわかるだろ、と言われれば返す言葉はありません。著名人の本を読むときの注意点としては基本の部類なのに油断しただけです。

個人的に考えたのは、評価経済。 すべてデータで管理されて生きにくくなる恐れは随所で指摘されていますが、私はアカウント単位で評価すればよいと考えています。 つまり、役割や職業に応じて評価されるアカウントを複数、一個人が持てばよいのです。 アカウントといっても、その実、複数人による集団運営の可能性もありますが、それで良いサービスが生まれる(悪いサービスが淘汰される)のであれば、それでよいような気がします。

大切なのは「どんな生き方がしたいか」であり、それは「自分のとっての幸せとはどこにあるのか」を探るということだ。 位置177

方法の是非は時代背景によっても変わっていくでしょうが、大事なことを考えるきっかけとして、読んでみるのも悪くなのでは、と思いました。

参考