木牛流馬は動かない

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認知革命を振り返る / 書評『サピエンス全史』(2/8)

※このエントリーは、書評『サピエンス全史』シリーズの2回目です。 前回はこちら

70,000年前に起きた、人類史上最大の革命。 それが認知革命です。

それまでは、ホモ・サピエンスもホモ・ネアンデルタールレンシス(ネアンデルタール人)も大差ない初期人類です。 (認知革命の観点では)

まずは認知革命以前を見てみましょう。

(ネタバレありです。未読の方はご注意。)

認知革命以前の人類

人類の神経ネットワークは二〇〇万年以上にわたって成長に成長を重ねたが、燧石のナイフと尖った棒以外に見るべき成果をほとんど残さなかった。それでは、その二〇〇万年もの年月に、いったい何が人類の巨大な脳の進化を推し進めたのか? - 『サピエンス全史』

この頃の進化のスピードは(現代に比べると)とても緩やか。 なぜなら、DNAの進化のスピードと同じだったから。
自らの生活をそのまま続けるのみで、「より良くしよう」という考えがありませんでした。 「人間」ではなく、まだ動物と同じですね。

ざっと年表で並べるとこんな感じ。 私は火の使用開始が重要なのかと考えていたのですが、これを見てわかるように、認知革命と火の使用開始は直接関係しないことがわかります。

  • 700万年前 : サヘラントロプス・チャデンシス … アフリカ中央部。直立二足歩行。チンパンジーと共通の祖先から枝分かれ。
  • 400万年前 : アウストラロピテクス・アナメンシス … ケニア北部
  • 180万年前 : ホモ・エレクトス … 脳の大型化が始まる。石器を使い始める。アシュール文化。アフリカからヨーロッパ・アジアへ移住開始。
  • 150万年前 : アウストラロピテクス・プロメテウス … 最初の火の使用
  • 20-3万年前 : ホモ・ネアンデルタールレンシス … ヨーロッパ・中東。「人類進化の時間軸でも生存地域としても、私たちに一番近い隣人」 。明らかに火を利用した証拠はネアンデルタール人から。暖のため、調理用、獣から防御用かは不明。肉食率80%
    引用『火の神話学』大塚信一
    改編「木牛流馬が動かない」

さて、ホモ・サピエンスネアンデルタール人ホモ・エレクトスが交雑したか、交代したか、という議論は専門家の間で未だに続いています。 少なくとも、彼らは同時期に暮らしていて、一部は交雑し、一部は交戦したと言われています。

だが、ネアンデルタール人とデニソワ人をはじめ、他の人類種はサピエンスと一体化しなかったのなら、なぜ消えてしまったのか? - 『サピエンス全史』

ホモ・ネアンデルタールレンシスは、2.8万年前に西ヨーロッパで絶滅したと言われていますが、何があったのかは未解決とされています。 余談ですが、最近こんなニュースもありました。これは交雑した例ですね。

こうして人類史を追うと、なぜか現代にはホモ・サピエンスしか生き残っていないこと(の不自然さ)に気づきます。 しかし、これらの謎も認知革命の観点で読み解けば、一つの解は見えてきます。

認知革命から歴史が始まった

認知革命について、実は本書にははっきりとした定義は、書かれていません。

書かれているのは、この頃の数々の発明や大陸間移動などを挙げて、

ほとんどの研究者は、これらの前例のない偉業は、サピエンスの認知的能力に起こった革命の産物だと考えている。 - 『サピエンス全史』

と、

このように七万年前から三万年前にかけて見られた、新しい思考と意思疎通の方法の登場のことを、「認知革命」という。 - *『サピエンス全史』 *

ということだけ。 これによってサピエンスができるようになった能力や起こった影響については詳しく書かれていますが(これも認知革命の重要な要素ではありますが)、肝心の認知革命が一体なぜ起きたのか、がすっぽり抜け落ちています。 というか、まだ判明していないのでしょうね。

それでは、認知革命によってサピエンスが得た能力とは何なのか?

これがとんでもない史上最凶のスキルになります。 1京2858兆0519億6763万3865個のスキルも敵じゃありません。 いや待てよ、過負荷(マイナス)の大嘘憑き(オールフィクション)はある意味で同義かもしれない。 すみません、脱線しました。

それは敵やライオンが近づいていることを仲間に知らせる、というような直接的なものではありません。 それなら他の動物も(サピエンスより上手く)やってます。

私達の言語が持つ真に比類ない特徴は、人間やライオンについての情報を伝達する能力ではない。むしろそれは、まったく存在しないものについての情報を伝達する能力だ。見たことも、触れたことも、匂いを嗅いだこともない、ありとあらゆる種類の存在について話す能力があるのは、私たちの知るかぎりではサピエンスだけだ。
(中略)
虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。 - 『サピエンス全史』

著者は、政治・国家・経済・宗教・芸術といったありとあらゆる人間の活動は、虚構である、と断言します。

いきなりそんなこと言われてもピンと来ないかもしれませんが、心配ご無用。 著者が、それを懇切丁寧に説明するため(だけ)に、豊富な事例と膨大な紙幅を割いて執筆されたのが、本書『サピエンス全史』なのです。 本書では、経済や宗教などさまざまなテーマで人類史が語られますが、全てにおいて一貫したテーマがこの「虚構」。 ここさえ理解すれば、『サピエンス全史』を読むのを苦にはならないと思います。 ページ数に怯むなかれ。全人類必読の書ですよ。

文化の形成

さて、認知革命により虚構が編み出され、他人と虚構を共有することにより、組織的な協力が可能になりました。

だが虚構のおかげで、私たちはたんに物事を想像するだけではなく、集団でそうできるようになった。(中略) 大勢で柔軟に協力するという空前の能力をサピエンスに与える。 - 『サピエンス全史』

さて、協力を行うには、お互いを信頼する必要があります。 交易なんかも協力の一例。 その基盤として、集団で共有されている虚構が「同じ方向を向いている」ことが必要条件となります。

原始的には、その方向を示すものの一つが宗教でした。 詳細は譲りますが、この協力により、1集団が最大150人程度まで拡大したと言われます。 当時は、特に子供の死亡率が高いことや、飢餓に襲われることが多いことから、これらの生命の危機と精神的不安定から逃れるためにも、宗教は役立ったと思われます。

そして、組織ができれば、文化が生まれます。

サピエンスが発明した想像上の現実の計り知れない多様性と、そこから生じた行動パターンの多様性はともに、私たちが「文化」と呼ぶものの主要な構成要素だ。 いったん登場した文化は、けっして変化と発展をやめなかった。そして、こうした止めようのない変化のことを、私たちは「歴史」と呼ぶ。 - 『サピエンス全史』

文化と言っても、文字や芸術など高度なものはまだなく、集団内での共通ルールくらいのものでしょう。

赤信号をみて「止まれ」と思うのは現代人だけ。(なぜなら道路交通法という共通ルールを知っているから) - 苫米地英人

しかし、ルールは権力を生みます。 ルールを決める人とルールに従う人に分かれるからです。 その権力の大きさは、ルールを決める人が、どれだけ強固な虚構(≒理屈≒神話)をバックグラウンドにするかによって変わります。 これをベースにした支配者たちは、武力や財力を使って権力を増大していきます。 このあたりは次章以降で。

ここで最初の疑問に戻ると、「なぜサピエンス以外の人類が絶滅したのか?」に対する答えは、「虚構を持っていなかったから」となります。 集団で協力することを覚え、社会的、文化的な力を身につけたサピエンスに、虚構を持たない他の人種が敵うわけがありません。 これが本書のいうところの、他人種が絶滅していった理由です。 そして虚構という最強のスキルを身につけたサピエンスが生き残り、地球上の覇者になっていくのです。 これは、とんでもないスゴい話だと思います。

人間の心には愛がない?

したがって、認知革命は歴史が生物学から独立を宣言した時点だ。認知革命までは、すべての人類種の行為は、生物学(あるいは、もしお望みなら先史学と呼んでもいい)の領域に属していた。 - 『サピエンス全史』

認知革命によって、サピエンスは「人間」になりました。 私は、この認知の獲得がキリスト教の原罪(愛の喪失)に相当するのでは?と考えます。

d.hatena.ne.jp

上のリンクによれば、「思った通りにしたい」というのが原罪ですが、そもそも動物は「思わない」。 動物は、目の前の出来事に対してどうにか対処しますが、現実を「思った通りに」変えたいなどは思いません。

虚構をもってしまったサピエンスは、目の前の現実とは別のものを見ていることになります。
「愛とは、見ること」とはどこで読んだか忘れましたが、虚構から考えても矛盾しないように思えます。

必要以上の狩りや蓄えをするのは、その場にない富や危機を見ているから。 それでも人も動物なので、自分や身近な人々の維持のほうが重要です。

人間は、個体では非常に力が弱いです。 私の妄想では、おそらくこの弱い力が、ゆえに、不安や将来の危険を察知する必要を(他の動物や人種よりも強く)感じ、虚構を生み出したのかもしれません。 現代でも、不安や恐怖は人類の最大の敵とはよく言われることです。

すると、他の動物がどれだけ絶滅しようが、人類はどんどん開拓を進めていく道を選ぶことになります。

さて、人の手が入っていないところは、人にとって不安が残ることになります。 すべてを人の手で埋め尽くさないと、安心して夜も寝られない。

10年もすれば「無人島」は、おとぎ話にしか出てこなくなるでしょう。 - 『Future Report Vol.294』高城剛

対象は、土地だけではありません。 未知は不安を生み、不安は恐怖を生みます。 未知とは、究極的には、種が絶滅させられる可能性を残すという意味です。 ざっと振り返るだけでも史上最も凶悪な種であるサピエンスが、そのような未知を残すことを許容するとは考えにくい。

まずは直接的に牙を剥く肉食動物を狩り、その次は、危機になりうる大型動物を殲滅または家畜化していきます。 そして地球上に人類に敵がいなくなると、その次にふと隣人が目に入ってきます。 この論理は、最終的に以下の質問にいきつく可能性を秘めています。

もしホモ・サピエンスを駆逐する(より優秀な)新種の人類が現れたら、それが成長する前にあらかじめ殺してしまうのは、犯罪か? - 『スパイラル』城平京

これはフィクションですが、本書を読むと「ありえない」と安易に切り捨てることもできないのが怖いところ。 作家の仕事の1つは、未来を描くことですから、可能性の一つとしてはありうるわけです。

だからこそ、人は虚構で理想を語ることを求めるのかもしれません。 そして、愛する人に対しては「ちゃんと見る」のです。

虚構を通して現実を見る

認知革命の本質は、人間が嘘をつけるようになったことにあります。

隠し事やフィクション、物語も嘘に含まれます。 つまり、良くも悪くも、現実に存在しない現象について言葉にする能力を身につけた、ということです。

言葉とは、音声と意味をつなげたもの。 文字を含めるなら、さらに記号をつなげることになります。

音声と記号と意味をつなげる。 - 人工知能は人間を超えるか』松尾豊

サピエンスをサピエンスたらしめる虚構。

私は、その最たるものが、現代のインターネットだと考えます。
現実空間は指くらいしか動かないのに、世界を動かす影響力を持っていて、実際に世界を動かしています。 2014年に起きた「アラブの春」しかり、日常生活のSNSマーケティングや「炎上」しかり。 この観点だけでも、IT革命の重要さが垣間見えます。
今後テクノロジーの発達により、もし指すら動かす必要がなくなれば、完全な虚構世界がサピエンスの前に現れるのかもしれません。

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しかし、我々の身体は現実世界に生きています。 この矛盾により、人は苦しむことになります。 この苦しみへの対応を人類は様々に編み出してきたわけですが、それは次回以降に。

今回はここまで。 立川談志師匠(落語家)と菊田裕樹氏(ゲーム音楽作曲家)の名言を勝手に拝借して締めましょう。

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(↑本書に一切関係ありませんが、BGM代わりにどうぞ)