木牛流馬は動かない

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書評『作詞少女』

書評『作詞少女』

作詞少女~詞をなめてた私が知った8つの技術と勇気の話~ 仰木日向

作詞少女~詞をなめてた私が知った8つの技術と勇気の話~

作詞少女~詞をなめてた私が知った8つの技術と勇気の話~

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この本について

この本は、小説を読むうちに作詞が学べる「作詞入門ライトノベル」です。 ちょっとしたキッカケから音楽の世界に足を踏み入れた悠といっしょに、作詞の方法を学んでいきましょう。 歌詞を作るための考え方や順番、そしてテクニックはもちろん、初心者が悩みがちだったりつまづきやすかったりするポイントも紹介していきます。 さらにテクニックの先にあるものは何か――、 本書では、作詞や創作をする上で本当に大切なものにも触れていきます。(amazon作品紹介)

前作『作曲少女』で、作曲を初心者でも簡単にできるノウハウと、作曲の本質に迫る考え方を提示した著者の、シリーズ第2弾。 これは読まないわけにはいきません。

きっかけ・読む前の期待

私個人の話で恐縮ですが、私は音楽を聞くとき、歌詞をまっっっったく聴いていません。音楽を聴き始めた小学生のころからずっとです。なぜと聞かれてもわかりませんが、メロディやベースと言った音の動きを聴くほうがおもしろいと、物心ついたときから自然に思っていたからです。

もちろんたまに「これは」と思える歌詞に出会うことはありますが、そのような自然と頭に入ってくる歌詞は、ごくまれです。数えたたこともありませんが、感覚的には1年に1曲くらい。

そんな私なので、歌詞についての話はあんまり期待していませんでした。 では、わざわざ本書を読むことに対する期待は何かというと。

著者の前作『作曲少女』で示された、創作や表現の根本に関わる話が読めると思ったからです。

作詞のテクニックではなく、日常的に我々が使う「言葉」を音楽に使うという点において、素人とプロの作品を分けるものはなにか? 作詞と作曲の関連性。創作するとはどういうことか。表現とはなにか。

そして、前作でもそうでしたが、それはおそらく人間(私自身)の心の闇に切り込むものです。読んだら心に傷を負います。でもそれはきっと創作を進める上で、必要なものです。

伝わるかわかりませんが、読む前の期待としてはこういうことでした。

作曲少女~平凡な私が14日間で曲を作れるようになった話~

作曲少女~平凡な私が14日間で曲を作れるようになった話~

要約・感じたこと

(以後、ネタバレあります)

作詞と作曲の違い

前作との違いは、もちろん作曲と作詞という扱うテーマ。 まずは、そのテーマの違いについて。

作曲は、そもそも初心者に対する敷居が高く、「最初の1曲」を完成させるまでに乗り越えなければならない壁がいくつも存在します。 一方、作詞は素人でもやろうとすれば、なんとかやれる(気はします)。作詞は、普段私達が使っている日本語を使うためです。ここに、サブタイトルにもあるように、作詞は舐められがちという背景とその理由があります。

前作に引き続き今作でも、著者は、創作という点において音楽と映画が似ている、という喩えをもちだします。

世界観があって、主役がいて、敵役がいて、脇役がいて、音楽が進むと物語が進む。 物語全体をつくるのが作曲だとすると、その映画(音楽語)を日本語に吹き替えるのが作詞の役割。

私個人の感覚ですが、作曲はメッセージ性ももちろん含みますが、世界観や情景の表現という意味合いが強いように感じています。それに対して作詞は、聴く人の感情そのものに切り込む言語表現である、という違いがあります。多くのリスナーにとっては、「音楽語」よりも、聞いたまま意味が理解できる「日本語による歌詞」のほうが、感情がよりダイレクトに伝わりやすいということです。

しかし、歌詞は曲に乗せるために字数などの制限もあります。 短い言葉で曲自体の持つ表現を、すくなくともそのまま、できるならばブーストさせるような歌詞でないと、意味がありません。

そんな状況で、作詞家はどんな言葉を選ぶべきか? そこには、ただの言葉遊びでは済まない、聴く人の感情に訴えかける歌詞を掘り当てる、特殊な作詞テクニックが必要になります。

作詞とはなにか

本書によれば、作詞とは「音楽語の日本語吹き替え」。

これ本当に言い得て妙で、音楽家だけで通じる「音楽語」を、一般人も理解できるように日本語に変換したもの、ということです。あくまで音楽による表現を前提としたものなので(作詞時点で作曲が完了していないこともありますし、作詞が先の場合もあります)、メロディのリズムに合わせて言葉を埋めれば歌詞になるわけではなく、音楽のもつ意味を日本語で表現することが作詞の役割というわけです(もちろん日本語に限らず一般言語ということです)。

誰が誰に向けて歌う歌なのか、何をとらえればいいのか、それを真剣に考えて、音楽語を読み解きながらそこに当てはまるベストな答えを導き出し、翻訳し、歌詞を作る。それが作詞家がやる一番基本で、そして一番大事なことだ。 位置: 1,106

正直、作詞のテクニック的なところは、一応音楽に興味のある身としては、ほとんど聞いたことのあるものでした。(これを体系的にまとめて工程として提示しているのは、十分ありがたいところです)。

本書で提示された作詞テクニックは、以下。

  • 作詞の基礎概念
  • フォーマット
  • 資料読み
  • 字数
  • 語彙
  • 母音
  • ナンセンス

これらを駆使して、主人公は初めてのの作詞を完成させます。 しかし不思議なことに、作詞講座はすべて終わったはずなのに、本書のページが半分残っています。 ここからが本当に著者が伝えたいメッセージというわけです。

作家とは何か

よく覚えておけよ、大事なのは『できていないことをできていると勘違いしないこと』だ。もしそれをしてしまったら、その瞬間にお前は偽善者になり、その歌詞には嘘とキレイゴトが乗る。うわっつらになるんだよ。できていない自分を知って、その悔しさを背負っていくなら、その純粋な気持ちも悪いものじゃない。 位置: 2,944

できていないことをできていないと言うことは勇気がいります。 しかし、できていないことをできていると言うことは、実はあまり勇気を必要としません。できていない自分に目を背ければいいだけだからです。

本書では、できていない自分を見つめ、なぜできていないのかをとことん突き詰めます。時には自分の心の闇をえぐり傷をつけることになりますが、敢えて「それ」をしろ、というわけです。

そんな苦行、もちろん誰にでもできることではありませんし、する必要もありません。しかし本書は、作家、作詞家を始めとするクリエイター達は、勇気をもって「それ」をしなければならない、と強く断じます。 それがサブタイトルの「勇気」の意味。

これを行うことで、作家は人の感情を表現する「心の専門家」になりうるスタートラインに立つわけです。

それをしないのならば、生み出される作品はすべて偽善的で「テキトー」なものになってしまいます。 まさに前門の虎、後門の狼な状況で、命をかけて進んでいく。 これができるクリエイターの皆さんには尊敬を禁じえません。

悩みの質

「……悠、悩むべきことはよく考えろよ。悩みの質は、人間の質だ。つまらないことに悩んでるお前は、つまらないやつだったりするんだぜ」 位置: 1,615

ここまで考え抜かれたセリフはないと思います。 作詞にも音楽にも関係なく、これほど普遍的な教訓はない。 いわんや創作(に携わる人)を於いてをや。 背筋が伸びました。

相対価値と絶対価値の話

考えたこと・考察・反論・疑問

私は趣味で作曲をやっています。BGMやインスト曲がメインなので、歌詞に関してはこれまで全く考えてきませんでした。

というか、本書を読んでわかりました。私、歌詞をナメてました。

作詞家とそのスキルをナメていたことはないつもりですが、知人が「あの曲は歌詞がイイ」なんて言っていると「コイツはちゃんと音楽を聞いていないな」と思っていたことすらあります。

今後ちゃんと歌詞も聴きます(まともに反省)

私事ですが

私の趣味の音楽活動において、先日、とある女性ボーカルさんとコラボさせて頂き、1曲つくりました。 作詞作曲がボーカルさん、編曲が私。私はそれまで歌モノを扱ったことがなかったので、初めて触れるその難しさにてんてこ舞いになったのです。

編曲だけなので歌詞は関係ないのでは、と思われるかもしれませんが、歌詞の(日本語の)意味、メロディやコード進行が伝える「音楽語」の意味を理解し、最も伝えたいメッセージを把握し、その上でそれらを際立たせるような伴奏をつけることが、編曲として求められた作業でした。

もちろんボーカルさんは、そんな風にわかりやすく言ってくれません。別に意地悪ではなく、それが編曲家の役割だからです。もちろん私も無意識的には理解して、自分なりに全力で曲を仕上げたつもりです。

しかし、そういったことハッキリ理解できたのは、本書を読んでからでした。本書を読んで初めて、当時私がまったく歌詞のことを分かっていなかったことが、よくわかりました。 歌詞のもつ「強さ」を認識して、曲中の一番の「パワースポット」で盛り上げる。こうしたことを感覚としてではなく「設計(デザイン)」的に理解することができたのは、ボーカル曲を取り扱った経験と本書の両方が必要でした。

音楽語の日本語吹き替え。

特にポップスでは曲にこめたメッセージを伝えるには、歌詞はたいへん効果の高い要素であることが、腑に落ちてわかりました。

次のアクション

これまで興味なかった作詞にすこし興味がわきました。 今後も自分で作る曲に歌詞をつける気はないのですが(インスト曲専門なので)、聴く分にはすこし意識して聴いてみようと思います。

あとは、本書で紹介された書籍を読んでいこうかと。

『営業と詐欺のあいだ』は必読書の予感がしています。 すでに2章ほど読んだのですが、相対価値と絶対価値の話がリアルに解説されていますね。なんというか、こわい。

まとめ

作曲も作詞もどちらも特殊技術であり、創作に関する最も大切なところを突きつけてくるのは、前作と同じスタイル。本当にね、そこまで求めていないのにね、グサグサと…(期待はしてました)。

しかし、読み終わってみれば、それ無しで創作なんてあり得ない、といえるほどの知見を得られているのです。 ただし、これはあくまで知見であり、ライトノベルの形式をとった追体験にすぎません。そこから実際に作っていかなければ身につかないのは当然です。

自分の好きなものと作りたいもの、できることとできないことを見極める時間は、確保したいところ(これも、今までやろうと思って、できていないことです)。

そして、勇気を持って心の深淵に潜り込み、自分自身を見つめ直す時間も。

参考・リンク