木牛流馬は動かない

テクノロジーや気付きによる日常生活のアップデートに焦点をあて、個人と世界が変わる瞬間に何が起きるのかを見極めるブログ。テーマは人類史、芸術文化、便利ツール、育児記録、書評など。

木牛流馬は動かない

書評『カジノとIR。日本の未来を決めるのはどっちだっ!? 』

積ん読本の消化。 あんまり興味ないと思ってたので流し読みのつもりでしたが、なかなかどうして引っかかるところの多い本でした。

カジノとIR。日本の未来を決めるのはどっちだっ! ?

カジノとIR。日本の未来を決めるのはどっちだっ! ?

カジノとIR。日本の未来を決めるのはどっちだっ!? / 高城剛

★★★

IRってなに?

まず序章で、これまでの日本のIRとカジノ構想の歴史をざっと振り返ります。ニュースなんかでちらほら聞いたことがあるけど、正直チンプンカンプンなので、これはありがたい。

最初はラスベガスの話から始まりますが、まさか日本とこう繋がってたとは知りませんでした。

日本がかつて企画したカジノ構想、すなわちアジアにおける本格的なIR戦略は、日本の実業家が買収した資金で始まり、日本の知事が中心となって始めたアイデアなのだ。 それにもかかわらず、シンガポールに持って行かれてしまったものであり、今こそ取り返し、彼ら以上のものをつくるべきではないか、と僕は考える。 そのためには、IRをカジノと混同することなく、その本質を正しく理解することが、何よりも必要だ。

本書より

IRとは、統合型リゾート(Integrated Resort)のことで、ショッピングモールやレストラン街などを含む大型娯楽施設。 ビジネス向けには大型展示会などを開催するコンベンションセンターなどを備え、一方、ファミリー向けには『シルク・ドゥ・ソレイユ』などのショーも盛んに興行し、人を集める。 海外からでも行きたくなるような、街の目玉となるランドマークのことを指すようです。

決してイオンモールのようなものではないようです(私は最初そう思いました)。 参考までに、IRのパイオニア、マリーナ・ベイ・サンズの動画をどうぞ。豪勢ですねぇ。

さて、上の引用文の「日本の実業家」とはソフトバンク社の孫正義氏のことで、アジアのIR構想は彼がその昔買収したCOMDEXから始まります。 COMDEXといえば、国際的なコンピュータの展示会。現在はバーチャルな会となっていますが、当時80~90年台はAppleIBMが新製品を発表する場として盛り上がりました。

STEVES【無料連載版】1話 (デジタル・オリジナル)

STEVES【無料連載版】1話 (デジタル・オリジナル)

そんな国際展示会事業をベースに、石原慎太郎東京都知事(当時)が1999年に「お台場カジノ構想」をぶちあげました。ところが、このカジノ構想はご存知の通り、既得権益のパチンコ業界らの猛反対にあい撃沈。

そして後年、そのIR・カジノ構想をまるまる引き継いだのが、シンガポール。狭い領土でありながら東南アジア随一の先進国が、IR・カジノ事業で世界的大成功例をおさめます。

本書では、まずシンガポールの事例を詳しく紹介しています。

シンガポールでは戦略的大成功

www.youtube.com

行ったこともない国なので正直よくわからないので、気になったところだけまとめます。

 一方、シンガポールマカオが外国資本を誘致してIR施設をつくったやり方もうまく取り入れている。 国民のギャンブル依存症が問題視されているマカオとは違い、「IRをつくるのも運営するのも外国人」でありながら、「外国人観光客」を基本ターゲットにする方法を考え、直接手を出さずに外国人のカネを回し、おいしいところ取りをする巧妙な仕組みをつくったのだ。

本書より

広い領土も資源も技術がなく「戦略か持たない国」ならではの仕組みです。しかも、これを政府主導でやる。本書の主張のすべてと言っても良いくらいの大成功例です。

日本も領土や資源の面では似たような条件ですが、湯〜園地なんて作ってる場合じゃないです。すごく行ってみたかったけども。 www.jalan.net

シンガポールで私が最も戦略的と思った施策がこちら。 IRではなくカジノの話ね。

そもそも外国人にはのめり込んでもらうほどに国は潤う。 このあたりの〝自国民は徹底的に保護し、海外からのゲストには徹底的に遊んでもらう〟という線引き姿勢は見事である。

本書より

これ、すごく難しいことですね。 実現のためには、広い領土や資源や技術は必要ないけれども、何のためにわざわざIRなんて作るのか?がという国としての根本が問われるところですね。 でもシンガポールはこれを考え抜いて実行したことで大成功を収めました。 日本に必要なのは、こうしたしたたかな戦略と、それを徹底的に実行する政治力なのかもしれません。

一方、自国民をターゲットに含めたのがフィリピンのIR・カジノですが、その結果どうなったかは本書にて。まぁ失敗なんですがね。本書では、この他にマカオ澳門)、ラスベガス、ベツレヘムなど、成功例、失敗例が数多く紹介されています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AB%E3%82%AA

そもそもカジノって?

IRについて見てきたところで、次はカジノ。

カジノとは、いわゆるギャンブルを行う「賭場」のこと。欧州貴族のサロンから始まり、少人数のカードゲームやスロットマシンなどに興じつつ、密談の場としても利用されてきました。

おそらく「なんとなく怪しい」イメージは、カジノから来るものかと思います。もしくはカイジ

そもそもカジノの歴史を辿ると、

富裕層や特権階級を集めて遊ばせるカジノ施設は、巨額の金を消費させるためのエンターテインメント事業であるとして特例的に許諾し、為政者が「裏の胴元」として、その利益をピンハネするという構造が出来上がっていた。  一方、こうしたカジノ施設は極めて小規模なもので、事業として大きく発展するようなものではなかった。  しかし、18世紀以降に状況は一変する。 産業革命により、これまでの特権階級とはまた違う、新たな富裕層としてブルジョアジーが登場する。  余暇を楽しめるだけの金を持つ人口が飛躍的に増大したことで、各地のリゾート地がどんどん賑わうようになる。 「バカンス」という用語や、集中的に休暇を取って旅行を楽しむ考え方は、この当時に生まれた概念や慣行である。

本書より

産業革命から始まったものとは知りませんでした。

ところが、カジノ発祥の欧州では現在、ほとんどカジノが普及していないといいます。 住民にとっては、歴史的な経緯と複雑な法規制という問題(?)もありますが、そもそもカジノが上流階級のためのものであり、ほとんどの中流階級にとっては興味のないものだから。 また、観光客にとっては、欧州は気候がよく観光名所がたくさんあることから、室内に閉じこもってカジノで遊ぶ必要がないのです。

ここで重要な視点が、気候。

いうまでもなく、IRは全天候型が基本であり、ハイシーズンの天候が不順な街でこそ、本領を発揮する。 例えば、夏の暑さが厳しい日本の街にむしろ合う。今後、世界最高のIR施設をどこかにつくるのなら、伝統的なカジノ文化がなく、一から制度設計や地域づくりができる日本しかないのではないだろうか。各国を見て回る中で、僕は改めてそう思いはじめた。

本書より

猛暑と雨季のある日本だからこその、室内型施設ということですね。そして短い春と秋に、京都にでも出向くプランがあれば観光としては十分な気もします。

ところで、気候といえば、2020年の東京オリンピックは本当に真夏にやるんですかね?

今後の日本に必要なもの?

正直、私は日本にカジノとIRは不要派です。 以前からなんとなくそう思っていましたが、本書を読んでますますその思いを強くしました。

どちらも国内の経済活性化や観光立国戦略のためには一定の効果があると思いますので、やることによるメリットも多くあるのでしょう。

でもそのためには、やはり国家レベルの戦略が必須。 シンガポールを見習ってちゃんとした施設が作れるのならば、という条件が必須。 しかし、本当に日本に「ちゃんとした」施設が作れるのか?

パチンコ産業を始めとして、政府が自国民をギャンブルから守ることができていない現状、カジノ・IRを誘致してもそのターゲットに日本国民が含まれる可能性は高いです。

ギャンブルから国民を守る

日本は言うまでもなくパチンコ業界が大変元気で、国民のギャンブル依存率はぶっちぎりで世界一。 そんな状況でカジノをオープンするなんて、本当に必要なのでしょうか?

著者は、日本でIR・カジノをオープンするなら、外国資本でやるべき、と主張しています。

つまり、外国資本で(日本の税金を使わずに)、外国人をターゲットに金を落としてもらい、日本国民には入場規制または高額入場料を課し(日本国民をギャンブルから守り)、雇用は日本国民で(日本の経済を回す)、やるという方策が必要ということになります。

これを徹底したのが、またまたシンガポールです。

ところで、私はカジノは不要だと思っていますが、日本の周りを見回したときに、今後10年ほどで(今以上に)アジア各国が急成長します。すると、相対的に日本のアジアにおける地位は下がることになります。

そんなときに、日本ならではの体験を提供する観光施設があるのは、一つの案として悪くない。 その点で、IRには私も賛成です。

ただし、カジノは日本の手に余ると思います。 自国民を守るための規制をするとして、ビジネス的にはともかく、それを立法と行政の両方で機能させられるとは思えません。 少なくとも今の体制では。

観光立国として

http://www.mlit.go.jp/common/001117618.PNG 国土交通省 - 観光庁 - 出入国者数

日本への観光客が増加するのででしょうが、著者は日本の問題点を英語以外にみています。 それは、「おもてなし」を外国人が(そこまで)求めていないこと。

過剰品質を求めた結果として、製造業の数社に品質の偽装問題が顕在化してきていますが、日本以外の国の品質に対する考え方も合わせて取り入れることも考えたいところ。

東京オリンピックで各種展示場・コンベンションセンターが使えなくなる問題が起きていますが、オリンピックに限らず展示会事業を将来的にどうするのか、ということ。コミケの問題だけじゃなく、日常的に展示会を中心に仕事をしている人もいるんです。

http://www.sankeibiz.jp/business/amp/170529/bsd1705290500007-a.htm

次の時代の先進国に

Civilizationというゲームがあります。 経済や技術を発展させて国を育てていくのですが、その中でいくつか必ず起きるイベントがあります。 科学技術の発見・発明だったり、社会制度の変更だったり。 ケヴィン・ケリーのいう「避けられないイノベーション」かな。

著者は、現代から次の時代の先進国になるためには、「同性同士の結婚、医療大麻、カジノ解禁」が必要と考えているそうです。 もちろんこれらを導入しさえすればいいわけでなく、導入することができるような柔軟でしなやかな社会を作り上げた国を、先進国と呼ぶ、ということですね。

成長戦略という言葉だけが空まわりして久しいが、そこには経済的成長だけを意味しない、文化や社会的成長が必要なことを、改めて考えねばならない。

本書あとがきより

オリンピック以外に経済の起爆剤になりうる話がイマイチ見えてこない今、次の世代の国家戦略を考える時期に来ているのかもしれません。

参考

カジノを「カッシーノ」と呼べばクリーンなイメージになる、という◯通のご提案(大炎上済) casino-ir-japan.com